浄土真宗では、お鈴はいつ鳴らす#334

第334回目のラジオ配信。「お鈴(おりん)」がテーマです。(BGM:音楽素材MusMus)

かっけい
かっけい

お仏壇に手を合わせる時、最初にお鈴を鳴らすという方も多いのではないでしょうか。

浄土真宗ではお鈴は「お参りに来ました」という挨拶のためではなく、お経を読むときに鳴らされる仏具です。

内容まとめ
  • 浄土真宗ではお鈴は読経の時だけ鳴らす
  • お鈴は仏様への挨拶やお参りの合図ではありません
  • お寺の鐘や鳴り物にはそれぞれ決まった役割があります
  • 阿弥陀様は私たちを常に照らしてくださっているので、仏様に合図はいらない

かっけいの円龍寺ラジオ

これは香川県丸亀市にいる浄土真宗のお坊さん、私かっけいの音声配信です。

今回は、お仏壇の横にある「お鈴(おりん)」についてお話ししていきます。

私がブログを始めたのは2016年のことです。今から10年以上前ですね。

このブログを始めた最初のころにも、すでにお鈴について書きました。

その時は、浄土真宗では法事の時に、お仏壇に手を合わせる最初に、お鈴をチーンと鳴らして「お参りに来ました」と挨拶をするものではありません、というお話を書いていました。

あれから10年以上がたちました。

今ではブログだけではなく、YouTubeなどでも同じような説明をされることが増えてきましたので、「浄土真宗ではお鈴は読経の合図なんだ」ということは、以前より知られるようになったと思います。

それでも今でも、お仏壇に向かうと、まず最初にお鈴を鳴らすという方は、法事のお参りに行くと今でもたくさん目にします。

それが悪いわけではないんですが、改めて、今回はブログを書き始めた頃を思い出しながら、なぜ浄土真宗ではお鈴を仏様参りをした最初の時にならさないのかを話していきます。

さて、浄土真宗ではお仏壇の横にあるお鈴はお勤めつまり読経するときのみ鳴らします。 

皆さん、それぞれいろんなお気持ちをもって、お鈴を鳴らして手を合わせていらっしゃると思いますが、浄土真宗では、仏様に「お参りに来ましたよ」と知らせるために、お鈴を鳴らすわけではありません。 

お鈴は読経を始める時や終わる時、また途中の区切りの時にも鳴らされます。

ですから、お仏壇に手を合わせるだけで読経をしないのであれば、本来はお鈴を鳴らす必要はありません。

このことはお寺の大きな鐘も同じことが言えます。

お寺へお参りに行くと、大きな鐘がありますよね。

でも浄土真宗のお寺では、お参りの記念として自由に鐘を撞くという作法がありません。

お寺の敷地内にあるあの大鐘は「今日、このお寺で仏教イベント・法要がありますよ」というお知らせであったり、あるいは、昔は地域の人々へ時刻を知らせる役目を持っていました。

また本堂の縁の隅に吊り下げられているカンカンカンとなる鐘も、これから法要が始まるので、お堂の中に入ってくださいねという役割です。

つまり、お寺の鳴り物には、それぞれきちんと役割があるんですね。

もしお仏壇の横にあるお鈴が仏様への挨拶だったとしたら、お寺の本堂の入口にもお鈴のような鳴り物が置かれているはずですよね。

でも浄土真宗のお寺では、本堂の階段の前にも、本堂の出入り口にも、参拝するところにもどこにもお鈴のような鳴り物はないですよね。

ほかの仏教宗派だとドラのような鰐口や、神社には鈴がつらされていたりしますが、浄土真宗のお寺にはそういった鳴り物はありません。

なぜなら、お寺にお参りするときに、仏様参りするときに、必要がないからです。

それは私たちお坊さんも同じですよ。

浄土真宗のお坊さんの様子を見てください。

本堂へ入るたび、お参りをするたび、合掌をするたびに、お鈴を鳴らしているでしょうか。

そんなことはないですよね。

毎日本堂へ出入りしていますが、そのたびにお鈴を鳴らすことはしていません。

鳴らす必要がないからです。

ではなぜ必要がないのでしょうか。

浄土真宗で大切に読まれている『お正信偈』の中には、「大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)」という言葉があります。

浄土真宗の仏様、阿弥陀様の大きな慈悲は、いつもこの私を照らし続けてくださっている、という意味です。

阿弥陀様は、私たちが「今からお参りしますよ」と私たちの方から合図をしないと気づいてくださらない存在ではありません。

いつでも、どこでも、すでに私たちを見捨てることなく照らしてくださっているのが浄土真宗の仏様です。

だからお寺にお参りする時も、お仏壇にお参りするときも、「今日お参りに来ましたよ。分かってくれているの?」とわざわざ音を鳴らして知らせる必要はないんですね。

そうではなく、お鈴は読経を始める合図、終わる合図、区切りの合図として使われます。

もちろん、仏様にお参りした時にお鈴をならすというのは、長年の慣習、当たり前のことだという感覚の人もいらっしゃるでしょうから、お鈴を絶対に鳴らしたらダメというものでもないですよ。

お勤めをするときでもないのに、お鈴を鳴らすのが悪いという話をしたいのではありません。

ただ、浄土真宗ではお鈴やその他の鳴り物がどういう意味で使われているのか、お坊さんはお鈴をお参りのたびに鳴らしてくださいねと言っていたのかとか、そういう風に、仏様参りの一つ一つに、これってどういうことなんだろうかなあと関心・気が付いていただけたらなあと思っています。

私も10年前の2016年にこのお鈴を鳴らす鳴らさないをブログで書き始めた頃は、「そんなこと初めて聞いた」と言われることが多くありました。浄土真宗のお坊さんにとっては当たり前のことでも、これまでの習慣であったり、神社などでの作法など、ほかのお参りの仕方が自然と混ざってしまっている方も多かったように思います。 

それを思うと、少しずつですが、お鈴をいつ鳴らすのかも広く知られてきたのかなあと感じています。

浄土真宗の仏様、阿弥陀様は、お仏壇の前にお参りするときもそうでないときも、いつでもどこでも私を照らしてくださっています。

だからこそ、わざわざ音を出す必要はなく、安心して静かに合掌することができるのが、浄土真宗のお参りなんですね。 

今回は、お仏壇のお鈴についてお話ししました。

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