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第338回目のラジオ配信。「お盆」がテーマです。(BGM:音楽素材MusMus)

- ご先祖さまが家に帰ってくる
- 迎え火や送り火をする
- 精霊棚を飾る
お盆にはそんなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。
浄土真宗ではお盆をどのように迎えるのでしょうか。
今回はお盆の由来や、亡き人を「諸仏」といただく浄土真宗の考え方といった「浄土真宗とお盆」についてお話しします。
ちなみに私のいる香川県丸亀市周辺では、お仏壇やお墓に灯籠を飾り、お盆が終わると灯籠流しをする風習があります。
自防円龍寺では、毎年8月31日の午後7時から本堂で、灯籠流し法要をしています。
かっけいの円龍寺ラジオ
これは香川県丸亀市にいる浄土真宗のお坊さん、私かっけいの音声配信です。
8月といえば、お盆ですよね。今回は「浄土真宗とお盆」についてお話していきます。
私の住んでいる地域では8月のことを「お盆づき」とも言います。
8月に入ると、お坊さんは毎日のようにご門徒さんのお宅へ、お盆のお参りに伺っています。
お盆はお坊さんにとって忙しい時期の一つです。
一方で、昔と比べるとお盆のお参りをされない家も増えてきました。
私のいる丸亀周辺では、昔はお仏壇の横には回る灯篭を飾っていました。ご丁寧な家では紙でできた吊り灯篭もお仏壇の横の天井からつっていました。
毎年お盆のお参りをしない家でも、亡くなった方がいれば、三年盆まで灯篭を飾りお盆のお勤めをしていました。そして三回忌を終えるとその後のお盆が終わった後、灯籠流しで灯籠を焚き上げていました。それがこの辺りでは当たり前の光景でした。
つい15年・20年ほど前までは、どの家もお盆に灯篭をお飾りし、お墓にも小さな灯篭をご用意してました。
円龍寺では今も、毎年8月31日に灯篭流し法要をお勤めしていますし、丸亀市仏教会でも土器川で灯篭流しが行われています。
最近は、お盆のお参りをご辞退されるお宅も増えましたし、灯篭の飾りが減っているのは寂しい気持ちになります。
時代とともに、皆様がお盆を迎える気持ちも変わってきたように思います。
そんな中で、今日は浄土真宗のお盆についての考え方を話していきます。
「浄土真宗も、お盆をするのでしょうか。」といった内容で話していきます。
まずはお盆の由来、お盆とは何なのでしょうか?
お盆は正式には「盂蘭盆」といいます。
『仏説盂蘭盆経』というお経文が由来です。
お釈迦さまの中でも特に優れたお弟子さんの目連尊者が、亡くなったお母さんを救いたいと願ったことから始まる物語です。
目連尊者は神通力の特別な力をもち、亡くなった母がどのように過ごしているのか気になりました。すると母は餓鬼道に落ちて苦しんでいました。
母を救う方法はないのかとお釈迦さまに尋ねると、お釈迦さまは、自分一人の力ではなく、多くの仏道修行者をもてなし、ともに仏法を敬い、仏の教えを聞くことを勧められます。
その功徳によって母は救われたと説かれます。
それでは浄土真宗では、目連尊者が母を救おうとしたこのお盆の仏事をどのようにいただくのでしょうか。
浄土真宗では、亡くなった方は迷いの世界、餓鬼や地獄といった世界をさまよっているとはいただきません。
亡くなられた方は阿弥陀さまのお浄土に生まれ往って、仏さまとなられています。そしてお浄土から常に私たちのことを気にかけてくださっています。
なので、お盆の時期だけ、私たちのいるところへ戻ってくるという考えはないです。
お盆のときだけ、特別な棚を設けることはしないですし、ナスやキュウリで馬や牛の乗り物を作るといったことをしないのはこのためです。
では、浄土真宗ではお盆はする必要ないのでしょうか。
決してそんなことはありません。
他の仏教宗派と同様、浄土真宗にとっても、お盆はとても大切なご縁です。
浄土真宗では、亡き人を先に阿弥陀様のお浄土に行かれた「諸仏」と仰いでいます。
亡き人は苦しみの世界でさまよっているのではなく、お浄土から、私たちに
「あなたも仏さまの教えを聞いてほしい。」
「あなたも本当に大切ないのちを生きてほしい。」
仏となって、そう呼びかけてくださる存在です。
亡き人は、お盆の間だけ期間限定で帰ってくるのではありません。
いつも阿弥陀さまのお浄土から、私を仏法へと導いてくださっています。
だから浄土真宗のお盆とは、
亡き人のために、生きている私が何かをしてさしあげようとする日ではなく、
亡き人をご縁として、この私が仏法を聞かせていただく日です。
ですから浄土真宗の場合、お仏壇やお墓を綺麗にしてお供えを整え、ご本尊に手を合わせることをします。
お供えや灯籠のお飾りは亡き人のためにしているのではありません。
阿弥陀さまへの敬いや、私たちを照らす仏様の智慧と慈悲の光を表すものです。
私は毎年、お盆の8月になると思うことがあります。
昔に比べると、灯篭を飾るお宅は少なくなりました。お仏壇にもお墓にもです。
お飾りどころか、お盆のお参りそのものも減ってきました。
それは時代の流れなのかもしれません。
でも灯籠が飾られなくなったことよりも、お盆というご縁そのものが薄れてしまうことの方が、私は少し寂しく思います。
浄土真宗にとって、お盆とは、亡き人をご縁として、亡き人をしのび、そして私たちが仏様の方へ心を向けることができる大切な時です。
お仏壇やお墓の前で手を合わせ、亡き人を思い、家族で大切な時を過ごし、思い出を語り、そして阿弥陀さまのお話に耳を傾ける。
そんな時間をいただくことができれば、それは浄土真宗のお盆として、本当にありがたい時間ではないでしょうか。
今日のお話をまとめますね。
浄土真宗では、亡き人はお盆のときだけ、期間限定で帰って来られるとは考えていません。
亡き人は先にお浄土へ往かれた先輩です。
お盆の由来は、目連尊者が母を救おうと、同じく仏道修行していた僧侶をもてなし、ともに仏さまを敬い、仏の教えを聞いていった盂蘭盆経がもとになっています。
お盆は今を生きる私たちの方が、仏さまへと心を向ける日です。
浄土真宗のお盆は亡き人を供養するためのお盆ではなく、亡き人を偲び、そのご縁によって私が仏法を聞かせていただく日です。
お盆はご家族のみんなでお仏壇やお墓の前で手を合わせ、南無阿弥陀仏とお念仏を口にするご縁をいただけたらと思います。
今回は「浄土真宗とお盆」についてお話ししました。

2026年も、8月31日月曜日の午後7時より、円龍寺本堂で灯籠流し法要をします。
円龍寺のご門徒でなくても、どなたでも灯籠を持ち込むことができます。
住職が本堂で読経・法話をした後、本堂の外で灯籠を焚き上げます。


