ほしい物リストより、30号の白と朱色の蝋燭、園芸用グローブを贈ってくださりありがとうございます。

宗教に興味がないのは自然なことかもしれない#336

第336回目のラジオ配信。「良いご縁」がテーマです。(BGM:音楽素材MusMus)

かっけい
かっけい

なぜ宗教や仏教に興味が持てない人がいるのだろうか。

サッカーの世界大会中にYouTubeから、「スポーツ観戦に興味がない人」についての動画がおすすめされた。

それを見て、何に興味を持つかは人それぞれであり、押しつけられるものではなく、ご縁によって育つものではないかと感じました。

内容まとめ
  • 宗教や仏教に興味が持てない人がいるのは、ごく自然なこと
  • 興味は人から押しつけられるものではない
  • 良いご縁やポジティブな印象から育っていくものではないだろうか

かっけいの円龍寺ラジオ

これは香川県丸亀市にいる浄土真宗のお坊さん、私かっけいの音声配信です。

先日までサッカーの世界大会がありましたね。

そんな中、私のYouTubeのおすすめ欄に、「スポーツ観戦に興味がない人」という内容の動画が出てきました。

私自身、サッカー観戦にはあまり興味がないので、少し気になって見てみました。

その動画では、「スポーツに熱中する人は、勝敗を通して喜びや仲間との一体感を感じる。他人の成功を自分のこととして自尊心を高める。一方で、興味がない人は、そのようなことに心が動かず、別のことに関心を向ける傾向がある」といった説明をしていました。

もちろん、それが科学的にどこまで正しいのか、私には分かりません。

でも、その動画を見ながら、「これは宗教に関心が持てない人がいることにも、一部通じるところがあるのかもしれない」と思いました。

お坊さんをしていると、「仏教には興味がありません」「宗教には関心がありません」「信心・信仰心はないです」と言われることがあります。

つまり、「宗教は自分には関係ありません」というお気持ちなのだと思います。 

そのような言葉を聞くと、お坊さんとしてはちょっと残念に感じることもあります。

でも、その人がおかしいわけでも、悪いわけでもありませんよね。

似たようにスポーツ観戦が好きな人もいれば、まったく興味がない人もいます。

音楽が好きな人もいれば、絵画や彫刻が好きな人もいます。

旅行が好きな人もいれば、外に出ず、家で本を読んだり、インターネットを見たりするのが好きな人もいます。

人それぞれ、何が楽しいのか、何に興味を持つのか、何に心が動くのか、その場所は違いますよね。

だから宗教に興味が持てない人がいるのも、自然なことなのだと思います。

私は、「もっと仏教に興味を持つべきだ」とか、「お寺に行かなければならない」と無理に思う必要はないと思っています。

興味というのは、人から押しつけられて生まれるものではありませんからね。

そんな風に強制されても、興味関心がなければ、面白くも自分の実にもならないですからね。

ところで、私はサッカー観戦には興味がありませんが、スポーツ観戦そのものが嫌いなわけではありません。

例えば、大相撲やカーリングやゴルフは見るのが好きです。

では、なぜ私は相撲を見るのが好きなのでしょうか。

思い出してみると、子どもの頃、祖父母がテレビで大相撲を見ていたからだと思います。

私もその横で自然と相撲を見ていました。

さらには、丸亀出身の琴勇輝関や、善通寺出身の希善龍関など、地元の力士が活躍していたこともあり、ますます親しみを感じるようになりました。

つまり私は、相撲に興味があったから相撲を好きになったのではなく、相撲との良いご縁・ポジティブな印象があったから好きになったのだと思うんです。

カーリングやゴルフも同じです。

実際にはやりませんが、それぞれに、私なりの「面白い」と思える出会い・きっかけがありました。

そう考えると、興味というものは、ご縁によって育っていくものなのではないでしょうか。

私はこのことはスポーツだけでなく宗教も同じだと思うんです。

仏教に興味がない人というのは、仏教やお寺との親しみを感じる良いご縁が、これまであまりなかっただけなのかもしれません。

反対に、お寺やお坊さんに対して嫌な印象や、不信感を持つ出来事があれば、なおさら興味は持てなくなりますよね。

そう考えると、宗教というものは、無理に勧めるものではありません。

強制されたものに、良い印象は持ちませんからね。逆にどんどん遠ざかっていき、見たくも聞きたくもないとなりますよね。

大切なのは、人生のどこかで、お寺やお坊さんと出会い、「思っていたより気軽な場所なんだな」「仏教ってこんな考え方もあるんだ」と感じてもらえるような、小さなご縁・ポジティブな印象なのではないでしょうか。

昔は、おじいちゃんやおばあちゃんがお寺へ連れて行ってくれたり、一緒にお墓参りをしたり、地域のお祭りに参加したりする中で、自然と宗教に触れる機会がありました。

でも今は、そういうご縁そのものが少なくなっています。

だからこそ私は、この配信が、皆様とのそんな小さなご縁の一つになればと思っています。

私がやっているこのかっけいの円龍寺ラジオの音声配信の内容は忘れてしまっても構いません。

でも、

「そういえば、毎週しゃべっているお坊さんがいたな」

「仏教って、日常生活では気が付かない考えももっているんだなあ」

「お坊さんの話も聞いてみようかなあ」

そのくらいにふんわりと軽く思っていただけたら、それだけで十分ありがたいことです。

私たちは、人生の中での出会いや出来事によって、ある日突然、それまで興味のなかったものに心が向くことがあります。

仏教との出会いも、きっと同じです。

今は興味がなくても、それで構いません。

でも、いつか人生のどこかで、「仏教って何だろう」「お寺へ行ってみようかな」と思う日が来るかもしれません。

その時、お寺やお坊さんとのポジティブな出会いが思い出の片隅に残っていたら、お坊さんとしてこんなにうれしいことはありません。

だから私は、これからも毎週、お寺や仏教について、気楽なお話を続けていこうと思っています。

その小さな積み重ねが、いつか誰かとのご縁につながればありがたいことです。

お寺の建物に関する音声配信

最後に、お寺の建物に関する音声配信を二つピックアップします。

一つはお寺の本堂の周りにはなぜ高い建物が少ないのかといったお話です。

もう一つは、山門から本堂までの参道がまっすぐなのか、曲がっているのかについてのお話です。

タイトルとURLをコピーしました