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円龍寺ラジオのエピソード番外28。2026年9月9日、香川県丸亀市の円龍寺本堂で秋の永代経法要が営まれました。香川県東かがわ市の三本松より、大信寺の川田信五師(本山布教使)にお越しいただきました。
讃題
智慧の念仏うることは
法蔵願力のなせるなり
信心の智慧なかりせば
いかでか涅槃をさとらまし
親鸞聖人『正像末和讃』より
法話の概要
香川県の円龍寺で行われた永代経法要における法話音声です。
布教使は浄土真宗における「門徒」と「信徒」の違いや、地域特有の法事の呼び方を紐解きながら、お寺が永代にわたって故人を供養する意義を説いています。
仏教の本質は自分本位な我執(がしゅう)に気づき、阿弥陀仏の智慧に身をまかせることにあると述べられています。
また日々の生活で「よろこび・感謝・おかげさま」の心を持ち、声を出し念仏を称えることの重要性が強調されています。さらに人生の苦難や老いを受け入れ、ユーモアを持って朗らかに生きることが、悔いのない人生に繋がると説いています。
最終的に、仏教の教えを通じて己を省み、生かされていることへの感謝を深めるよう聴衆に促しています。
法話の構成・流れ

僭越ながら、川田師による、今回の円龍寺本堂法話の構成をまとめさせていただきます。
1. 「門信徒」や「永代経」の意義
浄土真宗では、お寺にご縁のあるご家庭や皆様のことを「門徒」と「信徒」を合わせて「門信徒」と呼ぶ。他宗派でいう「檀家」に相当しますが、浄土真宗では親鸞聖人の時代から用いられている言葉。
「永代経」という法要には主に3つの意味がある。
- 先祖の法事・法要:ご家庭での年忌法要は50回忌が最後となりますが、古いご先祖の法事は永久にお寺でお勤めします。
- 永代経:亡くなられた方の法名(仏教徒としての名前)を永代経台帳に書き込み、お寺が続く限り永久代々供養いたします。納められたお布施は、お寺を維持管理・護持するための経済的支援となります。
- 聞法(聴聞)の縁:人生における亡き人との別れを縁としてお参りし、お釈迦様や親鸞聖人の教えを心に納める(聞法・聴聞)機会とすることです。
2. お経と漢訳の歴史「南無」と「帰命」について
お経を聞いても意味がわかりにくいのは、日本語ではなく古代インドの言葉(サンスクリット語)が由来だから。お釈迦様が35歳で悟りを開き80歳で亡くなられた後、お弟子たちが聞いた教えを記録し、それがシルクロードを経て中国へ伝わった際、漢字に翻訳(漢訳)されました。
- 音訳(音写):インドの「ナーマ」という言葉の音をそのまま漢字に当てたのが「南無(ナム・ナモ)」。
- 意訳:意味を訳した言葉が「帰命(きみょう)」であり、「任せる」という意味になる。 お経を聞いただけではわからないため、お坊さんが解説して教えを伝えるお説教(法話)の伝統が生まれました。法要でお勤めされた『仏説阿弥陀経』は、鳩摩羅什三蔵法師によって漢訳されたもの。
3. 「我執」と仏教の基本(教・行・証、聖道門と浄土門)
人間には自分にとらわれる心「我執(がしゅう)」が強く、「任せる」ということがなかなかできない。任せたと言いつつ口を出してしまうのが私たち人間。
仏教の基本は「教(教え)・行(実践)・証(悟り)」。
- 聖道門:滝に打たれたり苦行を行ったりして自力で悟りを開く道
- 浄土門:「称名念仏」(口に「南無阿弥陀仏」と声に出して称えること)を中心とする道
道綽禅師が明かされたように、私たちは聖道門の難行では悟りに至りがたいため、早く浄土の門に入り、阿弥陀様のお声(南無阿弥陀仏)を十方に届くよう口にすることが大切。
4. 「智慧」と人生の目的
本日の和讃にある「智慧」とは、学問の有無に関わらず「本当のことに気がつく心」を指す。
たとえば「親心」と「子心」を比べると、親が子を思う心は圧倒的に大きいものですが、子はなかなかそれに気づけません。
仏教の目的は、本当のことに気づく心(智慧)を持つことであり、「空過(せっかくの人生が虚しく過ぎてしまわないこと)」防ぐ点にあります。
5. 「凡夫」の心と「生老病死」の苦しみ
人間は「一切善悪の凡夫」であり、身勝手な心(我執)を持っている。この身勝手な心は死ぬまで直らない。
また、人間には避けることのできない「生老病死」の苦しみがある。年をとることや病気・死を受け入れるのは容易ではなく、若者に年寄りの気持ちを分かってもらおうとしても腹が立つばかりです。 だからこそ、口で言い聞かせるのではなく、後ろ姿で生き方を見せていくことが大切になってくる。
仏教の教えに出会うことで初めて、自分が身勝手な心を持った存在であると気づかされる。
6. 「信心」が生み出す「よろこび・感謝・おかげさま」
親鸞聖人は「信心」も「念仏」も「智慧」のことであると教えられました。
本当のことに気づいた(信心を得た)人には、次のような心が育まれます。
- よろこび:特別な宝くじが当たるような喜びではなく、何もない平凡な一日を活かされていることへの喜び
- 感謝:お世話になった原因を心に刻むこと
- おかげさま:自分の目に見えない・気づいていない支え(たとえば喉の仕組みが誤嚥を防ぎ、食べ物を飲み込めていることなど)によって生かされていることへの気づき
「よろこび・感謝・おかげさま」の3つの心が、信心のある人の心の中に生まれてくる。
7. 迷信を離れ、朗らかに生きる念仏の暮らし
信心がないと、神仏に自分の都合の良い「お願い事・頼み事」ばかりをしてしまいますが、仏教は頼み事をするものではありません。 方角や吉凶、お墓の向きなどに執着する「迷信」にとらわれないのが浄土真宗の姿勢。
人生には苦しみや物忘れもあるが、日常の会話の中に冗談を盛り込み、笑い合って朗らかに過ごすことが大切。 毎朝お布団から出るときに「今日一日も目が覚めた、元気よく生きよう」と念仏を称え感謝して生きることが、悔いのない人生につながっていく。
(最後に御文章『聖人一流…』の拝読、お念仏にて法話終了)

川田信五師は黒板をよく使いお話されるので、動画も載せます。
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